家に帰ったらまずはカメ虫退治っと。
いや〜、日本はカメ虫臭くて困るね〜。
さて、前回のブログの後、ウィーンでベートーベンやモーツアルトゆかりの場所を訪ね、翌日ユーロ鉄道でプラハに行きました。今回の旅行はこういう移動もすべて自力で動いているのでなかなかのドキドキ体験でした。
(プラハのホテルでインターネットに繋がらないのには参りました)
鉄道でチェコに入った途端に車窓はいかにも貧しい風景になりました。
プラハ市内はあの映画「アマデウス」の撮影に使われた中世さながらの景色!!・・ばかりでもなく、スプレーペンキの落書きが街中いたるところにありました。
どうもこの国の若年層の非行化はかなり深刻なようです。それを大人が注意できない雰囲気もあるみたいです。夜は酔っぱらったクソガキどもが街で暴れてて怖いです。
ソ連支配下から自由化されたのが1989年ですから、ちょうど20年。革命を知らない子供たちが成人する頃です。このジェネレーション格差は話しに聞く団塊世代が成人した頃の日本に似ているのでしょうか・・。
「アマデウス」が撮影された共産圏時代は落書きも商業看板も卑猥なポスターもニセ物土産屋も両替屋も無く、それはそれは時間が止ったような景色だったんだろうな、と思いました。
そうそう、それとプラハは英語がほとんどまったく通じませんでした。私の英語が酷いとかいう問題ではなく、観光地の標識や地下鉄や道路の標識は全てチェコ語。英語の兼記は一切ありませんでした。恐るべしです。
地図を見ながら太陽の位置や夜は星座などを見ながら方向を確かめて歩きました。ジャングルか!
さて、気を取り直して観光とコンサートの3日間を過ごしました。
この街には見るべきホールが4つあります。そのうち3つのホールに行きました。
1日目はドヴォルザークホールでプラジャークS.Q.の「死と乙女」ほか。
2日目はスメタナホールでプラハ響定期。なんと!武満の「弦楽レクイエム」とブルックナー4番。
3日目は国立オペラ座でロッシーニの「セビリアの理髪師」
4つ目のホールはエステートホールというオペラハウスでモーツァルトが「ドン・ジョバンニ」を初演したことで知られていますが、残念ながらここはスケジュールの都合で行けませんでした。(観光客相手っぽい噂を聞いたので私の中での優先順位は低かったです)
行ったホールはどこもこじんまりとしており音響がライブで古いホール独特の鄙びた音色がしました。
プラジャークS.Q.はそのライブでこんじまりとしたホールを物ともしない胸のすくような爆演でした(笑)。プラジャークは9月にキタラに来ますが本拠地ホールで聴いた後にキタラで聴くとどんな印象を受けるか、とても楽しみです。
2日目のプラハ響と3日目のオペラ座管弦楽団は当然ながら技術的にはウィーンの世界一流オケには到底及ばないのですが、個性と音色を持った良いオケだったと思いました。このオケはよく来日公演で「モルダウ、運命、有名コンチェルト」風の名曲コンサートをやっていますが、やはり本拠地ホールでの定期演奏会は別物でした。
武満はプラハの聴衆には残念ながら今ひとつのウケかたに見えました。オケも消化不良の感がしないでもなかったですが、プラハで聴く武満は格別でした。ブルックナー4番はスメタナホールの響きを十二分に利用した壮大な演奏でした。(指揮:ジリー・コウト 音楽監督もしくは首席指揮者)
オペラ座のオケは座付きのオケらしくモチベーションけして高くはなく、たまに音を外したりズレたりしながら曲が進行していくのですが(笑)、手を抜いている感じはなくいかにも手慣れた雰囲気でした。そもそも彼らの一ヶ月のスケジュールはほぼ休み無く日替わりで名作オペラを上演しており、それだけでも賞賛に値します。一体いつ歌合わせをしてるのでしょう・・。今回の旅行で来日公演含め聴いたことがないオケはこの歌劇場管弦楽団だけだったのですが、地域に密着した雰囲気でいかにも”地元のオケ”。気に入りました。
歌手たちは皆素晴らしく、歌唱力だけではなく演技力と容姿と観客を楽しませようという気迫に満ちており、3時間のセビリアがあっという間に終わりました。
地元の人たちは皆楽しそうにしており、このオペラ座が愛されてる様子が充分に分かりました。それでもマーラーやシュトラウスが指揮台に立った頃のレベルがこんな程度のはずもなく、今回たったこれだけ聴いて判断できるわけではもちろんありませんが、余計なお世話と言われようともこの国の芸術のレベルの行く末が多少心配です。いま非行化しているクソガキどもに何としても頑張って明日のチェコを支えてほしいです。
終演後地下鉄のホームで楽器を持ったオケのメンバー数名が早くも地下鉄を待っていました。撤収の速さもさすがプロです(笑)。
コントラバスのオジサンとヴァイオリンのお兄ちゃんがなぜか私たちに気がついて挨拶してくれました。ボックス席だったこともありきっと目立っていたのだと思います。(この街、東洋人が非常に少ないです。観光シーズンはきっと違うのでしょうが)
演奏中の合間に客席をキョロキョロ見回して客の顔を覚えてしまうのもさすがプロです(笑)。
観光はお決まりのプラハ城やカレル橋の他に、スメタナの「わが祖国」の中の”高い城”のヴィシェフラドが良かったです。郊外にある高台の古城跡からモルダウ河を一望できて絶景です。プラハ城などは欧州中から集まった修学旅行と思しき行儀の悪いガキんちょどもで充ち満ちていましたが、ヴィシェフラドには観光客はほとんどおらず、ミュシャの天井画のある教会やドヴォルザークやスメタナの墓がある墓地も独占できました。
充ち満ちていると言えば、最近はこうした海外旅行記もネットに充ち満ちていますね。ウィーンやプラハの旅行記など珍しくもなくネットに氾濫しているので書くのも多少躊躇われたのですが、でもまあ、それはそれとして、今回はネットなどで演奏会のチケットを全て購入、予約していきました。色々と面倒な事や見当が付きにくい事もあったので、そのうち世のため人のため自分のためにコーナーにまとめてみたいと思います。
ガイドブックなんかには「演奏会のチケットは当日でも入手できるかも!」とか書いてますが、「かも」では困るし、普通はウィーンやプラハにチケットの購入を頼める知り合いなどいないし、ネット等での事前購入はお薦めです。
それではまた。

いわゆる”ボエミアの森”から眺めたモルダウ河とプラハ市街
高台から見た景色はとても美しかったです。
このあたりの森は生態系が札幌の森にそっくり。まるで旭山公園にいるみたいでした。
